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『サブウェイ123激突』感想 (ネタバレ)

金融風刺として観てみると結構皮肉がきいている

この映画の封切りは2009年、ちょうど前年にリーマンショックがあり、どうも金融関係者は信用できない、という時流に乗った作品ともいえる。ただ、金融というか契約社会そのものを真正面から殴りに来ている感じがあり、話としてはわりと強引で粗が目立つ部分もあるけど、私には刺さる映画だった。

 

マーケットの魔術師』という本のシリーズがある。これは実在の金融トレーダーに取材した相場師列伝のようなもので、投資の勉強にはならないが、読んでいて面白い(お値段は結構高い)。(確か)その中で、ある債券トレーダーのインタビューが記憶に残っている。

Q:もし、取引相手が明らかに間違った価格を提示してきたらどうするか。A:自分に有利な価格ならもう一度値段を確認して取引する。

あからさまには書いてはいなかったけど、きちんと数字を確認した以上、フェアなトレードであり、それで相手が莫大な損失を出しても(場合によっては仕事を失っても)仕方がないと読めた。

そういう考え方を知ったうえでこの映画を見ると、犯人の行動が理解できる気がする。

フェアであるという狂気

この映画の主犯は極端にフェアな行動にこだわっている。

ただしそれは、「○○をしないと人質を殺す」と宣言してその通りに殺すというものであり、犯人の凶悪さ冷酷さの表れとして描かれているように見える。

だが、話が進むにつれ、犯人は別に人殺しが好きなわけではないということがわかる。最初に殺したのは犯人に内通した運転手であり、交渉役として巻き込まれる主人公は、汚職をしながら摘発を逃れている、あまり良くない人間である。しかし、善良で殺したくない人間であっても、フェアであるためには容赦なく撃つ。

犯行グループの仲間に対してもフェアである。『ダークナイト』のジョーカーなどとは違い、仲間を背中から撃ったりしないし、身代金はきっちり山分けして渡す。ただし、別れた後の逃走経路で警察が張ってそうな所は教えないし、自分の本当の目的も教えない。それは、仲間に才覚があれば逃げ切れるという意味でフェアであり、本心では仲間の身の安全など関心がないという意味で冷酷である。

そういった異常なフェアさへのこだわりは、犯人の来歴でも仄めかされる。犯人は、アンフェアであるとされるインサイダー取引(のはず)でそれまでのキャリアをすべて失い服役した金融マンである。そして、この犯罪を完全にフェアに行い、金オプション(劇中では先物となっていたかも)取引で巨額の利益を得る(金取引にインサイダー規制はない…はず)。

この犯人はフェアではあるけれど、善悪の基準が完全に狂っている。

しかし、狂っているのはこの犯人だけだろうか。

言葉巧みに勧められる契約書にサインしてしまったばかりに、財産を失い家を失う。契約書を読んでくださいといった以上、これはフェアな取引だからあなた死んでください。それはこの犯人とどれほどの差があるだろう。

手段と目的の倒錯

お金を得るのは幸せになるために手段であって、目的ではないはずだが…

これだけ先が読める頭の良い犯人なら、例え国外逃亡に成功しても自分の人生が終わっていることを理解しているはず。お金はあっても、これだけのテロを起こした以上、名を変え顔を変えこっそり逃げ回るしかないつまらない余生を送ることになる。

しかし、自分の力で市場に打ち勝ち大金を手にした瞬間、脳汁溢れるその瞬間がすべてとしたら。タクシーの中で口座残高を確認して奇声を発したその瞬間がすべてだとしたら。もう、そのあとは主人公に撃ち殺されることも大したことではないとしたら。

相場に勝てれば人生捨てても良いという極端さを、理解したくないと思いつつ理解できてしまうところが、私にとって面白かったもう一つの見どころだった。

本当に、切れのある悪役はよいものですね。